瀬戸内海「とびしま海道」と「萩&北九州」ツーリングA   2012年(H24年)10月24日〜30日


3日目の天気も上々、柳井から少し戻って周防大島に寄ってみることにしました。島の端っこには戦艦陸奥の記念館へ・・・・約片道50分の距離でしす、瀬戸内の奇麗な海岸線のワインディングロードでした。
その後、R188から山陽道徳山東IC→美祢ICからR435で秋吉台そして宿泊地の萩へ。

4日目は天気は下り坂、萩の朝は少し晴れているが西方面は雨が降りそうな気配。。。。萩から長門市まではR191のバイパス(無料)を抜け角島に到着(9時10分)。角島ではどんよりした空でしたが、雨は降らずにまずまずでした。

あとはひたすらR191で下関に向かいますが、案の定空は泣いてきました。雨が強くならないうちにカッパを着ての走行で〜す。

下関に着いたころは少し小雨になったがカッパを着たまま唐戸市場で昼食を済ませ、関門橋をを渡って九州自動車道→長崎自動車道の佐賀大和ICで降りて宿泊地の佐賀に到着。(雨のツーでした。)
萩の町には夏ミカンが実り情緒あるとってもいい町並みでしたよ。



10月26日 宿泊の柳井から周防大島→秋吉台→萩
周防大島と本州(柳井市)をつなぐ大島大橋です。     (地 図)
 (長さ 1020m 1976年完成)    
周防大島(R437)の終点の岬に戦艦陸奥記念館があります。1943年(昭和18年)に周坊大島沖合で謎の爆発を起こして
 この瀬戸内の海に沈んだそうです。
        (地 図)
周坊大島沖合周辺の瀬戸内。。。。。この沖に陸奥が沈んだそうです。
左へ300mで秋芳洞・・・・右は秋吉台まで2km地点にやってきました。 ここに来たらやっぱり入らなきゃあかんよね。
秋芳洞の入り口付近。。。。内部の写真はありません。。。(暗くて私のカメラではだめ・・)
ススキの穂が心地いい風にゆれている。。。秋の秋吉台で〜す。
秋吉台カルストロード。。。。 これから萩に向かいます。
萩の町まであと5kmの地点にこんな建物が(道の駅 萩往還)・・・・。  (地 図)
山陰本線「萩駅」玄関口には夏ミカンが実っていたよ。 正面玄関は旧国鉄の鉄道博物館になっていた。駅の待合室は左側にあります。
ここ萩は、毛利輝元氏が築いた城下町で、今でも白壁や土塀そして石垣が残っていて、塀の中には夏ミカンたくさん実っていました。
 また吉田松陰が生まれ、高杉晋作、木戸孝允など時代を動かす若き志士たちを育んだ維新の町でもあります。
この道は鍵曲といい、道を鍵(直角)の手にように曲げ、左右を高い土塀で囲んで見通しを悪くし、敵を迷わせ追いつめやすいように造られたものです。
萩城を取り巻く堀は橋本川と海につながっています。      萩百景遊覧船の乗り場がその堀にありました。  (地 図)
萩城跡の東に広がる白砂青松の浜からの夕日。。。。「日本の夕陽百選」の一つらしいですよ。(夏の時期は海に沈みます)

10月27日 宿泊の萩から角島→下関→佐賀へ
角島に向って橋を渡ります。 橋を渡って本州方面を見る。
萩からR191を走り「角島」にやってきました。角島大橋(1780m)   (地 図)
角島の最西端に立つ「角島灯台」は、明治9年に初点灯され、日本海に面した物としては最初の洋式灯台で今なお現役で活躍しています。
   高さは29.6mで御影石造りの円形灯台でした。
関門海峡をでっかい船舶が航行していました。 (幅約650m水深20mで航路の難所海域)   (地 図)
下関に・・・ロンドン名物の2階建てバスがはしっているぞ! 源平壇ノ浦合戦ゆかりの地ということで関門橋の下に源義経と平知盛像があったよ。
みもすそ川公園に長州藩が文久3年(1863年)関門海峡を通る外国船を砲撃したという長州砲のレプリカが設置されていましたよ。
 
海峡の対岸は門司です。 その後関門橋を渡って九州道→長崎道を経て佐賀に突入したよ。


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