若狭「鯖街道」ツーリングと熊川宿          2008.04.28〜29

若狭「鯖街道」の起点は福井県小浜のいずみ町から上中町(かみんちょう)の熊川宿を経由して滋賀県の朽木村を通り京都の出町柳に至る道のりです。

若狭で一塩された鯖が京の都につく頃には、丁度いい塩加減になったといわれ、その他にも北前船から陸揚げされた物資等も運ばれたそうです。また鯖街道は政治・軍事・文化の道であり都から幾多の文化をこの街道に伝えています。熊川宿の方と話をすると優しさのある京都の言葉が感じられましたよ。今も京都の食文化の中に若狭の魚が生きているそうです。また若狭の鯖は遠く小京都といわれる兵庫県の篠山まで運ばれていたようです。

そんな情緒と歴史ある鯖街道をR9(京都上京区)の烏丸五条からR367を北へ大原・三千院と続く道を・・・そして花折峠を越えると琵琶湖に注ぐ安曇川に沿って走る快適な山あいの道を走りました。

賀茂川に架かる出町橋側にあった鯖街道口。 上京区堀川通にある桝形モール。
桝形モール内 さば街道の終着地出町柳にあるプレート。
桝形モールの入り口にありました。


混雑した京都市内をぬけると洛北の山里、大原・三千院・寂光院の静かな山間をしばらく走ると鯖街道のほぼ中間地点に位置する朽木「市場町」に到着。
ここは室町時代(15世紀)には朽木(くつき)地域の物資の集散地として市庭(いちば)が発展したといわれています。
急カーブやトンネルの花折峠を過ぎた山あいです。 朽木の市場町は街路や用水路に昔の面影をしのぶ事ができました。


くつき村がぴったりの昔そのままの酒屋さん。(地 図)
旧郵便局舎(1936年建築)
朽木から(R367)7kmぐらいの道のりでR303へ入ると熊川宿に到着です。
ここ熊川宿は清らかな水に恵まれた宿場町で、町の中に「前川」が流れていています。またその家並みは瓦葺の平入と入妻造りの建物にかやぶき家屋が混じるいい感じの町並みでした。
  平成8年に国選定重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
  (町並みには電柱がないので広々とした空間を感じさせられました。) (地 図)
熊川番所
かって「入り鉄砲に出女」の統制と物資の課税が行われていた番所が復元されていました。
子守り岩
子供たちがこの大きな岩でよく遊ぶが、権現神社のお陰で怪我をしないと言い伝えがあるとか・・・。
中条橋
宿場町を流れる河内川にかかる中条橋
宿場館
かって熊川村役場だった建物を資料館として鯖街道の歴史を展示しています。
宿場町を流れる前川です。年間通して水量は常に一定していると聞きました。 平入建物を利用した葛の店です。鯖寿司もありました。
街道の繁栄を支えた旧問屋「菱屋」
(勢馬清兵衛家)
前川の水路と格子がよく似合う建物。
熊川の氏神「白石神社」の灯籠から見た街並み。
豊富で流れの速い前川水路は家ごとに「かわと」と言われる水利施設(洗い場)がありました。
若狭の義民松本庄左衛門が祀られている松本神社。 旧問屋「倉見屋」
荷物の運送などを営む宿場町の中心となった問屋。熊川では最も古く文化六年(1809年)の建築との事。
だんご屋さんの「風鈴草」さんここでだんごを焼いてもらいました。 前川の流れを利用して小芋や野菜を洗う「いもぐるま」が回っていました。
道の駅「若狭熊川宿」から歩きましたが、その後バイクを宿場町に乗り入れました。
熊川宿から小浜寄りに(R27)ある「瓜割の滝」と若葉のもみじ。環境省が選定した名水百選の一つで湧き出る水は瓜を割るほど冷たいとか・・・・沢山水汲みの人で混雑していました。また平成18年「ふくいのおいしい水」に認定されたそうですよ。 (地 図)
小浜湾の砂浜で釣りをしていた少年達と遊びました・・・。小さなふぐが釣れて喜んでいました。
でも・・・えさのゴカイが20円値上がりをしたとぼやいていたよ。
鯖街道起点の小浜市いずみ町商店街と起点プレート。 ここには「京は遠くても十八里」(約72km)と刻まれている。その「遠くても」という言葉の意味には「京は近い」と言う思いが込められているようです。
宿泊した小浜湾の夕日(18時20分ごろ)


         続く